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「同じ高校だったよね」
ガヤガヤの教室内で背後から声をかけられる。振り返ると、そこには華奢なジャニーズ風の、長めの黒髪、色白だが顎には朝剃ったであろうもののすでに色づき始めた無精髭面の華奢な男が立っていた。
「おお」
思いがけず、また咄嗟のことでありとりあえずの返事はしたもののすぐには状況が理解できなかった。授業登録についての説明を終えた直後で、誰かに話しかけられるという想定をしていなかったため、驚きと同時に、嬉しさのような感情もあったように思う。もともと医者になりたいと思い受験勉強をしてきたが意図せずセンター試験で極端に低い点数を取ってしまい、医学部への現役での進学が途絶えたと同時に、このまま同じ生活を続けることからの逃避的な気持ちからなのか、センター試験後にそれまで一度も考えていなかった数学科への受験を決め、またその時点では来年に向けてのためし的な気持ちもあったがいざ合格するとやはり現状から逃げたい気持ちなのか進学を決め福岡に出てきて1週程経った頃であろうか。県外での生活は初めてであり、と同時に一人暮らしに胸を躍らせて部屋を探しはしたものの、どこも狭く陰気な印象があり、最後に訪れた下宿という形の民家の2階は、6畳ほどの畳間と奥行きのあるタンスが2つと広さこそ十分とは言えないものの、福岡タワーまで一望できる窓があり、開放的で、一人暮らし感は少ないものの一目でここに住むことを決めてしまった。同じ高校から数学科に3人入学することは知っていて、ほとんど話したことのない方の一人だ。
「そうだよね〜、よろしく」
なんとなしに挨拶をする。
「試験の時、後ろだったの覚えている?」
どの試験のことだろう、わからない。というかいきなり何の話をしているんだろう。
「俺、ハルキの後ろだったんだよ、あっ二次試験の時ね。」
そうなのかと思いつつ、思いだそうとしてみたが全然記憶にない。
「結構やるじゃんって思って、あっ、後ろから回答用紙見えて、結構できてるじゃんって。まあまあ合ってたよ。」
なんだこいつ、ひとの解答見ていたのか。というか、なんかすごい上からの物言いだな、とは思いつつも、一応返事はする。
「そうなんだ、全然覚えていない。」
「今から一緒に飯食わん?」
小さい頃はそうでもなかったが、中学、高校と学生生活を送る中でなんとなく同い年の学生のオモテウラに嫌気が差し、あまり積極的に人に声をかけることはなくなってしまっていて、かつ中高一貫校の学生生活、通学と塾以外にほとんど外で友人と会うことがなかった身としてはすごく久しぶり、というかほとんど経験したことのないコトバだった。
「いいよ」
学食は大学生で溢れていて、サークルや部活単位での勧誘もすごい。至る所で自らの所属を示す看板のようなものが目に入る。2限が終わり昼食の時間となり、講堂側からひとの流れが一気に押し寄せてくる。
「ハルキ、こっちこっち」
視線を向けると窓際に、この人だかりの中に突然空いたばかりのスペースを指差し、ジャニーズ風の黒髪、無精髭の男が声をあげている。このカオスの中、この機を逃したくない、また人に挟まれるよりは常に端が好きな自分としては、端っこの壁際はすぐには空かないだろうと一瞬で感じ、すぐにこの男を追って移動する。こちらのことを気にせず話している男達の背中を避けながら、他にそこに向かう人がいないことを確認しつつ突き進む。
「座れたねーありがと」
4人分空いた席の壁際の向かい合った席に二人で座りつつ、一息つく。さて、どうやって食べ物買いに行くかな、どっちかが座って席とっておいて、2人分買ってきてもらうかな。周囲の話し声や笑い声は想像以上で、ほんの30-40cm先の声すら聞き取れない。テーブルに口付けするかのような姿勢で前方に左耳を向けつつ、自分の向かいに座る男の声に耳を傾ける。この状況について、この会話すらままならない状況への気持ちを、お互い発することしかできない。すると突然、向かいの男が視線を先程いた方向へ向けて、手を振る。なんとなしに視線を送るとそこには化粧をしたロングヘアとショートヘアの、自分自身の人生には登場したことのない女子大生がこちらの手を振りながら笑みを見せる。なんでこの目の前の沖縄から出てきたばかりであるはずの男は、この女子大生達と仲良さそうなのか。思考が停止したまま、ゆっくり2人が近づいてくるのを目で追い続ける。学生の背もたれの間を高級そうなバックを肘の上へ上げながら、すぐそこまで近づいて来たところで、男2人の座る横に空いたスペースを指さし話しかけてくる。
「こっちいい」
もちろんそのつもりで向かってくることはわかってはいたはずだが、いざこの女性2人がこのジャニーズ風の初めて話した男と2人の空間に入ってくると理解すると、なんとも言えない感覚が芽生えた。自分の横には黒髪のロングヘアー、華奢で身長は高め、乃木坂にいそうな方が座る。新たな人生がスタートした瞬間だった。