なんくるないさ

産後うつに対する薬物療法について

周産期メンタルヘルス

産後うつ病(PPD)は、出産後に発症する深刻な精神疾患であり、母親の約8人に1人が経験するとされています。その治療には、薬物療法と心理療法が主に用いられます。特に、薬物療法においては、近年新たな薬剤が登場し、注目を集めています。

最新の薬物療法

2023年8月、米国食品医薬品局(FDA)は、産後うつ病の治療薬として初の経口薬であるズラノロン(商品名:Zurzuvae)を承認しました。

ズラノロンは、神経ステロイドであるアルロプレグナノロンの合成アナログであり、GABA_A受容体のポジティブアロステリックモジュレーターとして作用します。

この薬剤は、1日1回、14日間の投与で効果を示すとされ、従来の抗うつ薬と比較して速やかな効果発現が期待されています。
主な副作用として、疲労、下痢、めまいなどが報告されています。また、ズラノロンは母乳中に移行する可能性があるため、授乳中の使用については医師と十分に相談する必要があります。

従来の治療では、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬(SNRI)、三環系抗うつ薬などが用いられてきました。これらの薬剤は、授乳中でも比較的安全とされていますが、使用に際しては医師とリスク・ベネフィットを十分に検討することが重要です。

既存の精神疾患を持つ妊婦への対応

双極性障害、注意欠如・多動性障害(ADHD)、複雑性PTSDなどの既存の精神疾患を持つ妊婦が抑うつ状態を呈する場合、その治療には特別な配慮が必要です。

– 双極性障害:抗うつ薬の単独使用は、躁転のリスクを高める可能性があるため、気分安定薬(例:リチウム、ラモトリギン)との併用が推奨されます。ただし、リチウムは胎児への影響が懸念されるため、妊娠中の使用には慎重な判断が求められます。

– ADHD:妊娠中の中枢神経刺激薬(例:メチルフェニデート)の使用は、胎児への影響が完全には明らかになっていません。非薬物療法や、必要に応じて他の薬剤への切り替えを検討することが考慮されます。

– 複雑性PTSD:抗うつ薬や抗不安薬の使用は、症状を悪化させる可能性があるとの指摘があります。そのため、薬物療法に頼らず、認知行動療法(CBT)やトラウマに焦点を当てた心理療法が推奨されます。

薬理学的注意点

妊娠中および授乳中の薬物療法では、以下の点に留意する必要があります。

– 胎児・新生児への影響:薬剤が胎盤や母乳を通じて胎児や新生児に移行する可能性があるため、薬剤選択や投与量、投与期間について慎重な判断が求められます。

– 薬物相互作用:複数の薬剤を併用する場合、相互作用による効果の増強や副作用のリスクが高まる可能性があるため、薬剤師や医師との連携が重要です。

– 母体の健康状態:

妊娠中は薬物の代謝や排泄が変化することがあり、これが薬物の血中濃度や効果に影響を与える可能性があります。定期的なモニタリングと適切な投与量の調整が必要です。

まとめ

産後うつ病や既存の精神疾患を持つ妊婦の抑うつ状態の治療には、最新の薬物療法の知見と個々の患者の状況を踏まえた慎重なアプローチが求められます。
特に、妊娠中や授乳中の薬物療法では、母体と胎児・新生児の双方の安全性を最優先に考慮し、医師、薬剤師、心理療法士などの多職種チームによる包括的なケアが重要です。