シナプス
以下では、神経科学の専門的背景を前提としつつ、「シナプス」「神経細胞(ニューロン)の樹状突起の細胞膜で起こるナトリウムイオンの流入」「活動電位の発生と伝導」「末端での神経伝達物質放出とシナプス伝達」という一連の流れを、できるだけ詳しく解説します。なお、日本語の文章中で概念や用語を整理しながら説明するため、ある程度の重複が含まれる点をご了承ください。
1. 神経細胞の基本構造と電気生理学的特性
神経細胞(ニューロン)は情報伝達を担う細胞であり、大きく分けて樹状突起(dendrites)、細胞体(soma)、軸索(axon)、そしてシナプス末端(axon terminal)という構造的特徴を持ちます。
樹状突起は他の神経細胞からの入力を受けとる部位であり、しばしば多数のスパイン(dendritic spine)と呼ばれる小突起を備えています。
細胞体は細胞核やタンパク質合成系を含む代謝・合成の中心であり、軸索は活動電位を遠くへ伝導する役割を担います。
シナプス末端は神経伝達物質を放出し、他のニューロンや筋細胞などへ情報を伝達する特異的な構造を形成します。
神経細胞は電気生理学的には、膜電位(静止膜電位、活動電位など)を変化させることで情報を符号化しているという特徴があります。静止膜電位は主にナトリウムイオン(Na⁺)、カリウムイオン(K⁺)、塩化物イオン(Cl⁻)、その他のイオンの透過度の違いと濃度勾配に依存しており、多くの哺乳類ニューロンではおおよそ-60~-70 mV前後の値をとります。
2. 樹状突起におけるシナプス入力と局所的電位変化
2.1 シナプス入力の多様性
樹状突起は多数のシナプスを受け取ることで、多様な空間的・時間的情報の統合を行います。
シナプスには大きく分けて興奮性シナプス(主にグルタミン酸を神経伝達物質とする)と抑制性シナプス(主にGABAやグリシンなどを神経伝達物質とする)が存在します。
興奮性シナプスでは陽イオンチャネルが開口することで膜電位が脱分極方向に変化し、抑制性シナプスでは陰イオンチャネル(Cl⁻チャネルなど)が開口するか、K⁺が流出することで膜電位が過分極方向に変化します。
樹状突起にはこれらが混在しており、その統合の結果として細胞体・軸索小丘(axon hillock)付近で活動電位の発火が決定されることになります。
2.2 電位依存性チャネルとリガンド依存性チャネル
シナプス後膜には、リガンド依存性イオンチャネル(リガンドゲート型イオンチャネル)が存在します。グルタミン酸受容体やGABA_A受容体がその代表例です。神経伝達物質が放出されシナプス間隙を拡散し、これらの受容体に結合することでチャネルが開口し、Na⁺やK⁺、あるいはCl⁻などが膜を通過します。ここでは主にナトリウムイオンの流入が重要になりますが、厳密にはグルタミン酸受容体(AMPA受容体、NMDA受容体など)やさまざまなカチオンチャネルの組み合わせによって、膜電位変化の性質が異なります。
シナプス後膜の脱分極は局所的な膜電位変化(EPSP: excitatory postsynaptic potential、興奮性シナプス後電位)として現れます。このEPSPが空間的・時間的に加算され、一定の閾値を超えると軸索小丘付近で電位依存性Na⁺チャネルが開口し、活動電位が発生します。一方、抑制性の入力が強ければ膜電位は過分極(IPSP: inhibitory postsynaptic potential)し、活動電位の発生確率が低下します。
3. 活動電位の発生と伝導
3.1 活動電位の閾値とイオンチャネルの動態
活動電位(Action Potential)は、膜電位が閾値(しきい値)を超えたときに急激な脱分極を起こす現象です。神経細胞の場合、典型的には-55 mV前後の膜電位が閾値とされます。閾値に達すると、電位依存性Na⁺チャネル(Voltage-gated Na⁺ channel)が急速に開口し、大量のNa⁺が一気に細胞内へ流入します。この段階で膜電位は正の値(+30~+40 mV程度)にまで達することがあります。これが活動電位の「立ち上がり(upstroke)」の部分です。
この後、Na⁺チャネルは不活化状態へ移行し、その代わりに電位依存性K⁺チャネル(Voltage-gated K⁺ channel)が開口してK⁺が細胞外へ流出するため、膜電位は再分極に向かいます。再分極後、場合によっては過分極(hyperpolarization)と呼ばれる現象によって静止膜電位よりも低い電位になることがありますが、最終的にはNa⁺/K⁺ポンプなどの働きにより静止膜電位へと復帰します。
3.2 不応期と情報の方向性
活動電位の進行には「絶対不応期」と「相対不応期」が存在します。絶対不応期はNa⁺チャネルが不活化状態にある間で、どれほど強い刺激を与えても新たな活動電位を発生できません。相対不応期では強い刺激を与えれば再び活動電位を発生させることができますが、通常より閾値が高くなっています。このような不応期の存在によって活動電位は一方向(細胞体から軸索末端方向)へ伝導し、また過度の発火が制限されるという特徴があります。
3.3 髄鞘と跳躍伝導
多くの脊椎動物の神経細胞では、シュワン細胞やオリゴデンドロサイトによって軸索が髄鞘化(myelination)されています。髄鞘が存在すると、ランビエ絞輪(Nodes of Ranvier)という区切られた部分だけが電気的に活性化されます。これを跳躍伝導(saltatory conduction)と呼び、軸索を連続的に伝導するよりもはるかに速いスピードで活動電位を伝えることが可能となります。
4. シナプス末端での神経伝達物質放出
4.1 電位依存性カルシウムチャネル
活動電位が軸索末端(シナプス末端)に到達すると、その末端の細胞膜に存在する電位依存性Ca²⁺チャネル(Voltage-gated Ca²⁺ channel)が開口します。これにより、細胞外からCa²⁺が細胞内へと急激に流入し、細胞内のカルシウムイオン濃度が局所的に上昇します。このカルシウムイオン濃度の上昇が、神経伝達物質を含むシナプス小胞(synaptic vesicle)の放出を引き起こす引き金(トリガー)となります。
4.2 シナプス小胞のドッキングと融合
シナプス小胞には、神経伝達物質(グルタミン酸、GABA、アセチルコリン、ドーパミンなど)があらかじめ蓄えられています。小胞はシナプス末端のプレシナプス膜付近にドッキング(dock)し、いくつかのタンパク質複合体(SNARE複合体など)の協力によって膜融合の準備を整えています。カルシウムイオン濃度の上昇に伴い、シナプトタグミン(synaptotagmin)をはじめとするカルシウムセンサーが活性化され、小胞がプレシナプス膜と融合し、神経伝達物質がシナプス間隙に放出されます。
4.3 神経伝達物質の拡散とシナプス後膜での受容
放出された神経伝達物質はシナプス間隙を拡散し、シナプス後膜に存在する特異的な受容体と結合します。ここでも前述のように、リガンド依存性イオンチャネル(イオンチャネル内蔵型受容体)とGタンパク質共役型受容体(metabotropic receptor)が存在し、イオン透過やセカンドメッセンジャーカスケードを介してシナプス後細胞の膜電位や代謝活動を変化させます。興奮性シナプスであれば脱分極を引き起こし、抑制性シナプスであれば過分極を引き起こすのが典型的な効果です。
5. シナプス伝達後の神経伝達物質の除去
神経伝達物質の作用が終わった後、それらが長時間シナプス間隙に残ってしまうとシグナル伝達が混乱してしまいます。そのため、伝達物質は以下のようなメカニズムによって除去されます。
1. 再取り込み(Reuptake)
特定のトランスポーター(例:グルタミン酸トランスポーター、モノアミントランスポーターなど)によって、神経伝達物質が再びプレシナプス末端やグリア細胞内に取り込まれます。
2. 分解(Enzymatic degradation)
アセチルコリンはアセチルコリンエステラーゼによって、ペプチド系の神経伝達物質はペプチダーゼによって分解されるなど、酵素的に不活化される場合があります。
3. 拡散(Diffusion)
シナプス間隙外に拡散することでも濃度が低下し、受容体への結合機会が減少します。
これらの過程により、シナプス伝達の時間的正確性と制御が実現されています。
6. シナプス可塑性と学習・記憶との関連
神経細胞同士のシナプス結合は固定的なものではなく、活動頻度や分子シグナルによって効率が変化します。この可塑性(plasticity)は学習・記憶の細胞レベルの基盤と考えられており、代表的な現象として長期増強(LTP: Long-Term Potentiation)と長期抑圧(LTD: Long-Term Depression)が挙げられます。
– 長期増強(LTP)
高頻度刺激によってグルタミン酸受容体(特にNMDA受容体)を介したカルシウムイオン流入が増大し、シグナル伝達経路が活性化され、AMPA受容体がシナプス後膜へ追加発現されるなどしてシナプス伝達効率が長期にわたり増大する現象です。
– 長期抑圧(LTD)
逆に一定の刺激パターンによって、シナプス効率が長期間減少する現象です。これも受容体のリン酸化状態や膜上への発現量が変化することで引き起こされるとされています。
こうした可塑的変化が樹状突起のスパイン構造そのものの変化や、シナプス小胞のリサイクル機構などに反映されることもあり、神経回路の柔軟な再編(リモデリング)の基盤となっています。
7. まとめ:電気信号と化学シグナルの連携による情報伝達
以上のように、神経細胞は電気的興奮性を持ち、樹状突起のシナプス入力による局所的なナトリウムイオンの流入などによって生じる膜電位変化(EPSPやIPSP)が統合され、閾値を超えたときに活動電位が生起します。活動電位は電位依存性Na⁺チャネルとK⁺チャネルの協調的な動きによって細胞体から軸索末端へと伝導され、シナプス末端ではカルシウムイオン流入を引き金に神経伝達物質が放出されます。その結果、化学的シグナルとして別の神経細胞の樹状突起に情報が伝わり、最終的には新たな活動電位を生じさせたり、あるいは抑制したりすることで神経回路網の情報処理が行われます。
シナプスの種類や局在、放出される神経伝達物質の性質、シナプス後膜受容体の種類によって興奮・抑制のバランスが決定されており、このバランスが破綻すると種々の神経疾患や精神疾患の原因となることが知られています。また、シナプス伝達効率の変化(シナプス可塑性)は学習や記憶の生物学的基盤であり、これを制御する分子メカニズムの解明は、現代の神経科学の重要な研究課題の一つです。
このように、ナトリウムイオンの流入によって誘発される活動電位を軸に、電気信号と化学シグナルが協調することで、神経細胞間の情報は瞬時かつ柔軟にやりとりされます。その連鎖が脳全体の情報処理や行動、認知の基盤となっているのです。
< 参考までにキーワードの再整理>
– 樹状突起:シナプス入力を受容する部位
– 軸索小丘:活動電位の発火が最も起こりやすい部位
– 活動電位:電位依存性Na⁺チャネルを介して急激に脱分極し、その後電位依存性K⁺チャネルで再分極する一連の現象
– シナプス末端:活動電位が到達すると神経伝達物質が放出される部位
– 神経伝達物質:グルタミン酸(興奮性)、GABA(抑制性)、アセチルコリン、ドーパミンなど様々
– シナプス後膜:リガンド依存性イオンチャネルやGタンパク質共役型受容体を介して膜電位や細胞内シグナルを変化
– 可塑性:長期増強(LTP)や長期抑圧(LTD)などによってシナプス効率が変化し、学習や記憶を形成
以上が、神経細胞間の情報伝達を電気生理学的・生化学的な観点で整理した概説です。ナトリウムイオンの流入から始まる活動電位の連鎖と、末端での神経伝達物質放出・受容体結合による化学的シグナル伝達が相互に繋がることで、神経系は多彩な情報処理を可能にしています。学習・記憶や高次認知機能といった複雑な脳活動も、こうしたミクロなレベルの電気化学的やりとりが積み重なることで実現されているといえます。