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抗うつ薬が脳に作用する仕組み

周産期メンタルヘルス 心と脳

抗うつ薬がうつ状態を改善する仕組みを、神経伝達、脳の構造変化、炎症、ホルモンといった視点から、生理学・薬理学的に詳しく説明します。高校生でも理解できるように、できるだけシンプルな表現を使いながら、専門的な部分も分かりやすく解説します。

1. うつ病とは?

うつ病の人の脳では、以下のような変化が起こっています。

1. 神経伝達物質(セロトニンやノルアドレナリンなど)が減少
2. 神経細胞のつながり(シナプス)が弱まる
3. 海馬(記憶をつかさどる部分)が小さくなる
4. 脳の炎症が増える
5. ホルモンのバランスが崩れる

これらが重なって、気分が落ち込んだり、やる気が出なかったりする状態が続くのが「うつ病」です。

2. 抗うつ薬の基本的な作用:神経伝達物質の増加

脳の神経細胞(ニューロン)は、「神経伝達物質」と呼ばれる化学物質を使って情報を伝えています。抗うつ薬の多くは、シナプス間隙(神経と神経の間のすき間)における神経伝達物質の量を増やすことで効果を発揮します。

(1) 神経伝達の仕組み

– 神経細胞の端には、「シナプス前終末」という部分があり、そこからセロトニン(5-HT)やノルアドレナリン(NA)が放出される。
– 放出されたセロトニンやノルアドレナリンは、次の神経細胞の受容体(レセプター)にくっついて信号を伝える。
– 使い終わったセロトニンやノルアドレナリンは、「再取り込みトランスポーター」によって回収される。

(2) 抗うつ薬の働き

抗うつ薬は、この「再取り込みトランスポーター」をブロックすることで、シナプス間隙にセロトニンやノルアドレナリンを増やし、神経伝達を強める

3. なぜ抗うつ薬はすぐに効かないのか?

抗うつ薬を飲むとすぐにセロトニンが増えるのに、効果が出るのに2~4週間かかることが知られています。これは、脳の適応(神経可塑性)が関係しているためです。

(1) 5-HT1A自己受容体の脱感作

– セロトニンが増えると、「5-HT1A自己受容体」がそれを感知し、「これ以上出さなくていい」とブレーキをかける。
– 最初はこのブレーキが強く、セロトニンの増加効果が抑えられてしまう。
2~4週間すると、このブレーキ機能が弱まり、セロトニンの量が本当に増えてくる

(2) 神経可塑性の変化

– 長期的にセロトニンが増えると、脳由来神経栄養因子(BDNF) という物質が増える。
– BDNFは、海馬の神経細胞の成長を促し、新しいシナプスを作る
– これにより、脳がストレスに強くなり、うつ症状が改善する。

4. 炎症とうつ病

うつ病の人は、脳の炎症が強くなっていることが分かっています。ストレスや生活習慣の乱れによって、サイトカイン(IL-6, TNF-α) という炎症物質が増えると、セロトニンやノルアドレナリンの働きが弱まります。

抗うつ薬は、単に神経伝達物質を増やすだけでなく、炎症を抑える働きもあることが分かっています。

5. 産後うつと抗うつ薬

産後うつは、出産後のホルモンの急激な変化が原因の一つです。

(1) エストロゲンとプロゲステロンの低下

– 妊娠中はエストロゲンとプロゲステロンのレベルが非常に高いが、出産直後に急激に低下。
– これにより、セロトニンやBDNFのレベルも下がり、うつ症状が現れる

(2) 抗うつ薬の働き

– SSRIやSNRIは、セロトニンを増やすことで、エストロゲン低下による影響を補う。

- 新しい薬「ブレキサノロン」は、GABA-A受容体を活性化し、産後うつを即効で改善する。

6. まとめ

抗うつ薬は、以下のメカニズムで効果を発揮します。

1. セロトニンやノルアドレナリンを増やす(即効性)
2. 神経可塑性を改善し、脳を強くする(長期的効果)
3. 炎症を抑える
4. ホルモンバランスの乱れを補う(産後うつ)

最近の研究では、腸内細菌の変化や、グルタミン酸(NMDA受容体)の関与も注目されています。これからは、個人に最適な治療を選ぶ「プレシジョン・メディシン」 の時代になっていくでしょう。