なんくるないさ

異食

心と脳

認知症患者において「異食」は比較的よく見られる症状の一つであり、食べ物ではないものを口に入れたり摂取したりする行動を指します。
この行動は患者の生活の質を低下させ、誤嚥や腸閉塞などの重篤な合併症を引き起こす可能性があるため、正確な理解と適切な対応が求められます。

本稿では、まず異食が発生する神経メカニズムについて、脳の解剖生理、神経系の相互作用を含めて詳細に解説し、その後、対応策や治療法について述べます。

1. 認知症における異食の神経メカニズム

異食の発生には複数の神経ネットワークが関与しています。特に以下の脳領域の機能障害が重要な役割を果たします。

1.1. 前頭葉(特に前頭前野)と実行機能障害

前頭葉(特に前頭前野, PFC)は、衝動抑制、意思決定、判断力、適切な行動選択に関与しています。認知症、特に前頭側頭型認知症(FTD)やアルツハイマー型認知症(AD)において、この領域の萎縮や機能低下が報告されています。

– 背外側前頭前野(DLPFC):
– 実行機能を担い、計画性や抑制機能に寄与する。DLPFCが損傷すると、異常な食行動の抑制が困難になる。
– 眼窩前頭皮質(OFC):
報酬系と強く関連し、食欲や食行動の調節に関与。OFCの障害により、食物選択の異常や異食行動が生じる。

1.2. 側頭葉(特に扁桃体)と情動処理の異常

側頭葉、特に扁桃体(amygdala)は、食物に対する情動反応を調整します。
認知症患者では側頭葉の萎縮が顕著であり、食物に対する情動処理の異常が生じることで、異食が発生しやすくなります。

– 扁桃体の機能低下により、食べ物の危険性を適切に認識できなくなる。
– 例えば、石鹸や紙などの非食物を口に入れても、それが食べ物ではないと判断できない。

1.3. 帯状回(特に前部帯状回, ACC)と注意・選択的行動

前部帯状回(ACC)は、注意や行動選択に関与しており、異常な食行動の抑制にも寄与します。

– ACCの機能障害により、注意のコントロールが難しくなり、異食のような衝動的な行動が出現する。

1.4. 偏桃体―線条体ネットワークの異常と報酬系の関与

異食は報酬系の異常にも関係しています。線条体(特に側坐核, NAc)はドーパミンシステムと関連し、食欲や快楽行動を調整します。

認知症ではドーパミン系の変調がみられ、異食行動が強化される可能性がある。
– 例えば、異食によって一時的に快楽が得られ、それが強化学習的に繰り返される

1.5. 視床下部の摂食中枢との関連

視床下部(hypothalamus)は、摂食行動の基本的な制御を担います。
認知症患者では視床下部の機能低下が報告されており、食欲異常や異食が発生することがある。

レプチンやグレリンなどのホルモンシグナルの乱れも関与する可能性がある。

2. 認知症における異食の対応・治療

2.1. 非薬物療法

2.1.1. 環境調整
– 異食しやすいものを取り除く
– 石鹸や紙、布、プラスチックなど、口に入れやすいものは患者の手の届かない場所に移動させる。
– 適切な食事環境の提供
– 食事時間を規則正しく設定し、適切な食品を提供することで、異食の機会を減らす。

2.1.2. 感覚刺激の調整
– 認知症患者は触覚刺激を求める傾向があるため、異食の代わりにガムや飴などを提供することで対応可能。

2.1.3. 行動療法
– 異食を発見した際に過度に反応せず、冷静に対処する。
– 望ましい行動(適切な食事)を強化し、異食行動を減らす。

2.2. 薬物療法

2.2.1. 抗精神病薬(リスペリドン、クエチアピン)
– 前頭前野や扁桃体の機能異常により衝動性が増す場合、抗精神病薬が有効な場合がある。

2.2.2. 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI, 例: セルトラリン)
– 衝動性や情動不安定性を抑制し、異食の頻度を減らす可能性がある。

2.2.3. ドーパミン作動薬(例: ドネペジル)
– 認知機能を改善することで、異食の軽減に寄与する可能性がある。

2.3. 栄養管理

– 認知症患者は栄養状態の悪化が異食の誘因になる可能性があるため、ビタミン・ミネラルバランスを考慮した食事を提供する。

3. まとめ

認知症患者における異食は、前頭葉、側頭葉、帯状回、視床下部、報酬系など多くの神経ネットワークの障害によって引き起こされる。
特に、前頭前野の実行機能障害扁桃体の情動処理異常視床下部の摂食調節異常が主要な要因として挙げられる。

治療としては、環境調整、感覚刺激の管理、行動療法が基本となり、必要に応じて薬物療法が併用される。
栄養管理も重要であり、適切な食事提供が異食の予防につながる

認知症の異食は患者の安全を脅かすため、家族や医療従事者による適切な介入が不可欠である。